東京高等裁判所 昭和62年(行ケ)29号 判決
一 請求の原因一ないし三の事実及び本願考案の要旨が審決認定のとおりであり、引用例に審決認定の気化器燃料蒸発制御装置(先願発明)が記載されていることは当事者間に争いがない。
二 そこで原告主張の審決取消事由について検討する。
1 請求の原因四1、2の各(一)について
引用例に先願発明の普通の実施例として機関停止時に弁11によつてエアベント管12の管路を遮断しない構成が開示されていることは当事者間に争いがない。この先願発明の普通の実施例と本願考案とを対比すると、両者は、気化器のフロート室から吸気通路内のベンチユリ上流側へ通じるベント通路に連通して負圧タンクを設け、上記通路に、内燃機関運転中はフロート室が吸気通路に連通し、機関停止時にはフロート室及びベント通路が負圧タンクに連通するよう機関の運転状態に応じて切換弁を設けると共に、前記負圧タンクを連通路によつてスロツトルバルブ下流の吸入通路と連通させ、その連通路に吸入通路側の負圧力が高い時だけ開く逆止弁を設けた内燃機関における燃料蒸発ガス放出防止装置である点において一致すること、したがつて、両者の差異は、本願考案ではその負圧タンクが機関停止時にフロート室と吸気通路内に生じる燃料蒸発ガスを吸入貯溜する所定容量を有するのに対し、先願発明の普通の実施例では負圧室6(負圧タンク)が機関停止時にフロート室14内に生じる燃料蒸気(燃料蒸発ガス)を吸入貯溜する所定容量を有する点のみにあることは、原告の自認するところである。
原告は、先願発明の普通の実施例ではフロート室14内の過剰の燃料蒸気が負圧室6に捕集されず吸気筒15を介して外気へ放出される旨主張する。しかし、成立に争いのない甲第三号証により認められる引用例の発明の詳細な説明の記載に徴すれば、先願発明は、気化器フロート室で蒸発する燃料蒸気をエアベント管や切換装置を介して吸気管路や外気に放出することを防止するため従来から採用されている方策の欠陥を解消することを目的として、本願考案と同じく機関停止時に発生する燃料蒸発ガスを負圧タンクに吸入貯溜して、これらの外気への放出を防止することを目的とした発明であることは明らかである。そして、前記詳細な説明中の「この目的を達成するため、気化器吸気系の絞弁下流側における機関運転時の負圧が導かれる負圧室を設け、該負圧室の負圧を機関停止時にフロート室上部に導くようにしたことが、本発明の基本的技術思想である。」(同号証二枚目左上欄一三ないし一七行)、「該負圧室6の負圧は機関停止時に連通路8を介して、あるいは更にベント通路10を介してフロート室14の上部に導かれる。これによつてフロート室14内で蒸発した燃料蒸気が負圧室6に捕集される」(同右上欄一ないし五行)、「負圧室6の大きさは、フロート室14における燃料の収容量や蒸発面積に応じて異なるが、機関停止後の所望時間中におけるフロート室14からの蒸発燃料を捕集できる大きさでなければならない。」(同号証二枚目下段左欄末行ないし同右欄四行)との記載によれば、先願発明の普通の実施例においてもフロート室14内に生じる燃料蒸発ガスは、その発生量に応じて負圧タンクの容量を決定することにより、全部負圧タンクに捕集され外気に放出されることはないと認められ、原告が援用する引用例の記載は右認定を覆すに足りない。したがつて、原告の前記主張は採用できない。
以上の事実によれば、本願考案は、先願発明の普通の実施例における負圧タンクの容量を、機関停止時にフロート室及び吸気通路内に生じる燃料蒸発ガスを吸入貯溜するに足りる容量に変更したものにすぎないことが明らかである。そして、負圧タンクに吸入貯溜される燃料蒸発ガスの量は、負圧タンクの負圧が同一の場合、負圧タンクの容量の大小によつて決定され、このことが本願出願当時技術常識であつたことは原告の自認するところであるから、右のように変更することは、当業者にとつて前示技術常識に基づく単なる設計変更の域を出ない程度のことであるといわなければならない。このことは、前示当事者間に争いのない本願考案の実用新案登録請求の範囲により認められるとおり、本願考案における負圧タンクの容量は「所定容量」と規定されているのみで、これを具体的にどの程度の値にするかは当業者の適宜決定するところに委ねられていること、成立に争いのない甲第二号証の三、四により認められる本願明細書及び図面のいずれの箇所にも、負圧タンクの容量を定めるについての具体的な記載はないことによつても裏付けられる。そうすると、本願考案は、先願発明の普通の実施例とその構成を実質的に同じくするものといわなければならない。
原告は、先願発明の目的はパーコレイシヨンの発生防止にあつて、本願考案とはその目的を異にすると主張する。しかし、発明考案の目的は発明者考案者の主観的意図にすぎないから、引用例に原告主張の本願考案の目的が逐一明記されていないとしても、このことは、構成が実質的に同一である先願発明の普通の実施例と本願考案が発明ないし考案として同一でないとする理由にならないことは明らかである。
のみならず、前掲甲第三号証により認められる引用例の「通気抵抗による背圧がフロート室内圧力の上昇をもたらす。この圧力上昇に伴なつてメインウエル内の燃料液面が上昇し、メインウエル内にパーコレイシヨンを生ぜしめて、メインノズルから液状燃料が溢出するようになる。」(同号証一枚目右欄一二ないし一七行)、「本発明はフロート室内の燃料蒸発による圧力上昇およびこれに伴うメインウエル内燃料液面の上昇を抑制することによりパーコレイシヨンの発生を防止することを目的とするものである。」(同二枚目上段左欄九ないし一三行)との記載と引用例の図面(別紙第二図面)及び前掲甲第二号証の三により認められる本願明細書図面(別紙第一図面)によれば、パーコレイシヨンの発生により液体燃料はメインノズルから吸気管内に溢出することが認められ、このように液体燃料が吸気管内に溢出すれば、これが蒸発ガスとなり外気に放出され、あるいは吸気管内の壁面、スロツトルバルブ等に付着し内燃機関の再起動を不良にする等の問題が生じることは、原告が本願考案の目的効果として主張しているところに照らし明らかである。そうすると、先願発明が目的とするパーコレイシヨンの発生の防止とは、結局、原告の主張する本願考案の目的と同じ課題の解決をいうことにほかならない。したがつて、先願発明と本願考案との間にその目的の差異はないといわなければならない。
以上のとおり、先願発明の普通の実施例と本願考案とは、目的において差異はなく、その構成において実質的に同一と認めるのほかはない。
2 請求の原因四3について
前叙のとおり、本願考案の負圧タンクの容量は、「所定容量」と規定されているのみで、原告が主張する作用効果を奏するために、これを特定の値にする等特段の構成を採用したものでないことが明らかである。したがつて、先願発明の普通の実施例において負圧タンクの容量を前示技術常識に基づき適宜の大きさにすれば、本願考案と同じ作用効果を奏することは自明というべきであり、両者の間に作用効果上差異があるとする原告の主張は理由がない。
3 以上のとおりであるから、先願発明の望ましい実施例について検討するまでもなく、本願考案を先願発明と同一であるとした審決の判断は結局のところ正当であり、その他審決にこれを取り消すべき違法の点は見当たらない。
三 よつて、原告の本訴請求を失当として棄却することとする。
〔編註〕本願考案の実用新案登録請求の範囲は左のとおりである。
気化器のフロート室から吸気通路内のベンチユリ上流側へ通ずるベント通路に連通して所定容量の負圧タンクを設け、上記通路に、内燃機関運転中はフロート室が吸気通路側に連通し、機関停止時にはフロート室及びベント通路が負圧タンク側に連通するよう機関の運転状態に応じて切換動作する切換弁を設けると共に、前記負圧タンクを連通路によつてスロツトルバルブ下流の吸入通路と連通させ、その連通路に吸入通路側の負圧力が高い時だけ開く逆止弁を設けて、機関停止時フロート室内および吸気通路内に生ずる燃料蒸発ガスの外気への放出を防止するようにしたことを特徴とする内燃機関における燃料蒸発ガス放出防止装置。